コメント:

keitann様 こんにちは
地図を見ながらこの記事を追っています。
天平時代に開いたお寺さんということですから、これは由緒正しいところの様ですね。
弘法大師のほかにも法然上人の足跡も記されているようですので、その由緒は折り紙つきのようですね。
塩飽諸島の水夫たちの活躍については昨年のレポートで始めて知りえたことでしたが、この「山寺」についても初めて知ることばかりでした。
先日東北の山寺の記事を拝見したばかりでしたが、こちらの山寺の方は、それの先輩格でしたか。
五本筋の土塀・・・・その意味については初めて知ることでしたが、瀬戸内の島にこんなに格式の高いお寺さんがあるのですから、これには驚きました。

ぶちょうほう様、こんばんは。


私も本島の山寺と言うのはどこかで聞いたような記憶もあったのですが、同じ市内の人間として、この島にこんな由緒正しいお寺があったことを知らなかったのは恥ずかしい限りでした。
法然上人様の足跡は私の住む近くのお寺にもあるので、こちらは知っていましたが、そうなれば、本島は本州にわたる途中ですから、法然さんが立ち寄ってもおかしくはないわけですね。
今はお祭りなどの行事の時以外は島自体が眠ったように静かな島ですから、ましてや山の中のお寺に訪れる人とて、それほどいないのだろうと思います。
観光客であふれる醍醐寺と比べるとまことにひっそりとした佇まいでしたが、山形の山寺でも一人で参拝したのですから、本島の山寺を一人で参拝するのもまたおつなものでした。
こちらはお寺が多いので、塀の白線の数出格式がわかるというのは、嫁いできたときに私より若い義妹に教えてもらったことです。今ではどこのお寺も白線が多くなり、どこまで真偽なのかはわかりませんが・・・。
本来は皇室とゆかりのあるお寺にだけ許されたとか・・・。