阿讃山脈には年に7~8回ぐらいは訪れるでしょうか。
以前はもっと頻繁に訪れていましたが、今は見たい花や景色の時期に訪れます。
春にはスミレの花やツツジの花がお目当てで、夏はタバコの花を見に行ったものでした。それがJTとの契約で、もうタバコは作らなくなったそうです。それでもソバ畑だけは以前と同じように、今も見ることができます。
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時期的にちょっとだけ早かったのか、ソバの花が真っ白とまではいきませんでしたが、それでも綺麗でした。
訪れたのは9月末だったので、まだヒガンバナもさいていました。
考えたら、ソバ畑を私が目にしたのは、学生時代に新潟のほうの山に登った帰り、電車の車窓から眺めたのが初めてだったと記憶しています。
うどんどころに生まれ育ち、幼いころからソバを口にする機会も滅多になく、ましてやソバの花なんて見たことも聞いたこともなかったのですから・・・。
その後、山登りを復活してからは車で登山口に行く折りにあちこちで目にするようになりました。
夏のアルプス行きの際も飛騨高山辺りで眺めたことがあります。
広島や岡山の山里、大山の山すそでは去年眺めたばかりです。
阿讃山脈に初夏に訪れるときは、途中のまんのう辺りでは麦秋の風景も見ることができます。
この日はソバ畑よりもまだ少し高みにある場所に行ってみたのですが、毎年、道沿いに小さな小さな水田があって、その周囲にはカワラナデシコやゲンノショウコなどが咲き乱れていて、眺めるのを楽しみにしていました。ところが、水田には今年は稲は作られなかったようで、周辺は草が生い茂っていました。
たぶんその上の民家の水田だと思うのですが、老齢で田んぼの維持が出来なくなったのだろうと思いました。
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↑2008年10月末に、その小さな田んぼの上で見られたハゼ干しの光景です。
この豪快なハゼのあった民家へと続く道も草ぼうぼうとなってました。もう住む人もおられないのかも・・・。
山間部で綺麗に維持された田んぼや畑を見ると、底に住んで手入れされている方の心意気のようなものが感じられます。
ほんのお遊び程度の畑仕事しかしない私ですが、農作業の大変さは少しはわかっています。たまに来て写真を撮って「綺麗な光景だね」と言うのは簡単ですが、一年を通して維持することは大変ですね。
帰りは別の道を走って帰りましたが、こちらもソバ畑とキャベツ畑が見事でした。
とはいえ、こういう心温まる光景はいつまで見られるんでしょうね。
山間部の過疎は深刻な問題のようですから・・。
途中の車道沿いでいつも眺める徳島の山々を見ていたら、ヒキオコシの花が咲いていました。
この場所でヒキオコシを見たのは初めてのことでした。
徳島の山を背景にしたヒキオコシです。
吉野川もこの日はすっきりと見えていました。
ススキの向こうに眺める徳島の山・・・。
道の向こうにも徳島の山なみが連なっています。
この日最後に撮った画像は、とある民家。
今は廃屋となっていますが・・・。
15年ほど前のことだったでしょうか、まだ山登り再開する前に、友人と阿讃山脈の山すそまでドライブで来た折り、この民家の周囲にはシュウカイドウやホトトギスなど、いろいろな花が乱れ咲いていました。綺麗だったので、民家の老夫婦にお断りして、写真を撮らせていただいていたら、老夫婦の方が私と友人にたくさんのシュウカイドウとホトトギスとを掘り上げてくださったのです。
そのときいただいたシュウカイドウが今もうちの庭に咲いています。
「一言挨拶してから花を見ていただくのなら良いけど、黙って花を手折ったり掘り取る人もいるんですよ。ちょっと言ってくれたら、差し上げるんですけどね」と仰っていた老夫婦・・・。
「花とるな」の立札が今も立っていますが、老夫婦は移転されたのか亡くなられたのか、今は住む人もいらっしゃらないようです。
主のいなくなった庭に、それでもシュウカイドウがぽつぽつと咲いていました。
いろいろな思い出のある場所が、事情が変わって荒れていくのを眺めるのは、寂しいものですね。
私が花をいっぱい育てている庭も、私が死んでしまったらどうなるんだろう?とふとそんな思いが頭をかすめました。