岡山の佐伯天神山に登る、その2、山城の跡が続々と

登り始めからずっと急坂続きで、足を休めるような場所がほとんどありませんが、それでもこの日通過するいちばん高い場所でも標高400mちょっとですから、先は見えていますね。

登山道も前の週に歩いた白鳥アルプスと違い、しっかりした道なので、この日の歩きは何の心配もありません。

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先ほどまでの急登もなりをひそめ、一息つけるような登りに変わりました。

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道沿いにはやはり白鳥アププスでたくさん見かけたミツバツツジをここでもたくさん見かけました。

こうしてみると、ミツバツツジは岩場を好んで咲くみたいですね。

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そしてやはり白鳥アププスで見かけたヤシャブシを佐伯天神でも見ましたが、緯度がかなり高くて寒いからか芽吹きがそれほど進んでいません。

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そうこうするうちに天神地蔵の道標が見えました。

時刻は9時42分です。

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周囲を見回してもお地蔵さんらしきのが見えないと思ったら、岩の付け根にほんの30センチもないような小さなお地蔵さまが・・・。

これではなかなかわからないはずです。

かなり古い時代のお地蔵様のようで、何とか頭の部分がわかるぐらいでした。

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Pさんがコピーしてくれた分県ガイドの解説を読んでお勉強するメンバーの方たち。

お地蔵さまはなんと元禄時代のもので、かなり風化が進んでいるとありました。

汗が出始めていたので、ここで上衣を一枚脱いでザックに仕舞い込みました。

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天神地蔵から10分ほど登ったところで、たぶん山城の西端と思われる「下の段」に到着です。

かなり前の山城とはいえ、辺りは整地されたようで平らになっています。

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登り始めはかなり上のほうに見えていた一つ北側の山が、もうそれほど高くないですね。

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どんどん進んでいくと、今度は「西櫓台」と書かれた場所へ。

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登山道は尾根の南側についており、北側には山城のいろいろな建物が建っていたんでしょうね。

周囲を眺めるYさんたち・・・。

ここに1531年に浦上宗景に築かれたのが、この天神山城だそうです。それがわずか45年後に宇喜多直家に攻められて廃城になったとか・・・。

登る前にそういう歴史を勉強してから登れば、もっといろいろな感想も湧いたのでしょうね。

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9時57分、三の丸跡までやってきたら、東屋があったので、ここで休憩することにしました。

考えたらコミュニティハウスを出てからちょうど1時間です。

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↑この前日にスマホに装着して楽しむマクロレンズや広角レンズを百均で購入していたので、撮影してみました。

最初の行動食は私が持参したあまおうのゼリーでしたが、里山ではもう果物類が美味しく感じる季節になりましたね。

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10分ほど休憩した後、10時6分、先を目指して歩きます。

↑道はなだらかだし、とても歩きやすい道です。

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↑三の丸跡の道標。

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帯曲輪という言葉が出てきますが、お城にあまり興味がなかったもので、言葉の意味がわかりません(^_^;

帰宅してから調べると帯曲輪とは「帯状に細長く曲輪の側向もしくは城のまわりを囲む曲輪のこと。
帯状にならない短い曲輪を腰曲輪という。帯曲輪の幅が狭いのを犬走という。」

調べてもまだ難しいですね(^_^;

ここで登山口から800mとありました。

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次に出てきたのが「鍛冶場」です。

こんな山の上に鍛冶場があったなんて、想像もできません。香川にも山城後はいくつもあって、私にとって馴染み深いのは天霧山の城跡ですが、こんな大規模な山城ではないですね。

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建物があっただけに、辺りはかなり整地されていて広いです

これをすべて人力で工事したんでしょうね。

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「鍛冶場」の次には「大手門跡」があります。

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続いて「桜の馬場」

馬場というからには馬がいたんでしょうね。

山のてっぺんということを忘れそうです

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