山頂に立ちたいと思い始めて3年、ようやくピークを踏むことが出来た。
一回目の山行でなんなく登れる山もあるが、こんな風に何年越しで山頂を極めると言うのもいいものだ。
嬉しいことに、途中一旦ガスに巻かれそうになったが、再び青空が見えてきて、東赤石方面は割合良く見える。向かって左が物住頭、中央が前赤石山、右が東赤石山だと思う。
東赤石山は03年8月に登っているが、岩場の多い山で橄欖岩からなっており、その珍しい地質のせいでオトメシャジン、シコクギボウシなど一味違う植物が自生している。花の百名山にもなっていたと思う。ここまで来たら、西赤石と東赤石の間も機会があれば歩きたい。わずか3キロほどの距離。
頂上で思う存分記念撮影して、残りのおむすびを平らげ、おやつも食べる。
13時35分下山開始。
頂上直下の岩場に咲くツガザクラを撮影する友人達。
なんと言っても岩場で咲くのは抜群に可憐だ。
これから下る下山路。向こうには笹ヶ峰方面も見えるはずだが、空気が霞んでいて、写らない。山の斜面に緑色の樹木が点々と立っているのが植林されたカラマツ。
ザレ場の手前まで下ってきた。14時30分。銅山ヒュッテへの近道と書かれた標識が立っているのが見える。
ザレ場を通過して下ってくるHさんとKさん。
途中、ツガザクラ保護のロープが張られた場所で縦走路から外れて進入できるようになっている個所がある。登りでは立ち寄らなかったが、入ってみたところ、奥にケルンが見える。そこは眺めの良い高台になっていて、どうやら帰宅してから調べたら東山と言うらしい。銅山越えをはさんで西山、東山となっている訳だ。
丁度高い木の右横の画像中央部分、山肌が剥き出しになっているのがが銅山越え。
山の斜面を走る登山道が肉眼でも良く見える。笹ヶ峰方面へ向かう縦走路を歩く二人連れもはっきり見える。銅山の遺跡の構築物などもはっきりと見えることができる。
遠くばかり眺めていて、ふと視線を落としたら、直ぐ目の前のコメツツジが咲いていて驚く。花が咲いた株はどうやらこれだけで、この場所は抜群に日当たりが良いので、この株だけ開花したらしい。花は地味だが、四国の高山の稜線ではお馴染みの植物で、秋は真っ赤に紅葉して美しいらしい。
15時5分、銅山越え到着。先ほど東山のケルンで休憩したので、通過するつもりだったが、Hさんがアカモノとツガザクラの画像を撮影して欲しいと言うので、両方が一緒に咲いている場所を探す。上手い具合に手前にアカモノ、奥にツガザクラが咲いている場所があった。パネルにすると言うので、最大サイズに設定して撮影する。
下りにもシュンランを見つけたが、例によって例の如く私のデジカメはシュンランが苦手でピンボケばかり。
登りに立ち寄らなかったので、下りでは歓喜坑跡で休憩。ここには水場もあり、一組のご夫婦が休憩されていた。
画像を撮り忘れたので、03年に撮影したのを貼ってみる。今は多少様子が変わっているかも知れない。初めて鉱脈を見つけて歓喜したというのでこの名がついたとか。
登りで左岸コースを取ったので、下りは右岸コースを取る。こちらも植生はよく似ているが最後の下りが少し急だった。これは登りはちょっときついかも知れない。
画像は大山積神社跡。人間がいなくなると神社もなくなるものだとしみじみ・・・。
左岸コースと合流する直前で、登ってきた西赤石の山頂が見えた。HさんとKさんが感嘆の声を上げる。人間の歩く一歩一歩は知れているが、それでも時間をかけるとびっくりするほど歩けるものだ。山に来るといつも思うことだ。
16時50分、日浦に無事下山。途中、ご夫婦一組、女性二人連れを一組追い越させてもらった。
画像は日浦の駐車場荷下る直ぐ手前に咲いているコガクウツギ。
花だけ見るのなら銅山越えまででも良かったが、私のわがままで、皆をピークまで付き合せてしまったが、思っても見なかったヤマクワガタやマイヅルソウとも出会えたので、それもまた悪くはなかったと思う。
車でマイントピア別子まで下る途中、東赤石の山容がはっきりと見えた。標高差が1300ほどもあるので、ものすごい迫力で圧倒される。それにしても普通は山の中でも車で走っていると民家を見かけるものだが、ここは住友の山、つまり広大な私有地とあって民家も一軒もない。かつては銅山に従事する人たちの家などもあったのだろうが、ものの見事に取り壊され、300年前の姿を取り戻そうとしている山々。銅山という環境がなければ、恐らくツガザクラもここまでは群生しなかったろう。人と山との関わり、いや一企業と山とのかかわりというべきか、歴史を知ると知った分だけ、何かを考えさせられる山旅だった。
最後に、頑張って歩いたHさん、Kさん、お疲れ様でした。Rさん、たくさんの花達との出会い、良かったね。