お姑さんが亡くなられてからずっと、keitannさんがこの家を守ってこられたんですね。まだ若い頃だったと思うので、大変だったこととお察しします。 私の母も、入院するときは家の中のものをすべて整理して引き出しやダンボールに入れ名前を書き、家を後にしたようです。家には父と当時未婚の妹がいたんですが。 それは、家族がわかりやすいように、という配慮よりも、「もうこの家に戻っては来れない」という覚悟だったような気がしているんですが。 私が今急に死んだら、さらに家の中はめちゃくちゃです。それが心配で、やっぱりとうぶん生きていなくちゃ、と思いますね。同感です。
noiさん、こんばんは。 今日、山にご一緒した方は、丁度なくなったときの義母と同じ年の方でした。 50代末というとまだ現役で仕事をしていたりするので、やはり早すぎますよね。 仕事を引退されて少しはのんびりと趣味や自分の時間を楽しんだ後なら、まだいいのですが・・。 noiさんのお母様もずいぶん早くあの世に旅立たれたのですね。父親と違って、母親は子供のことが心配でしょうね。うちも義妹は何とか結婚した後でしたが、一番上の子がまだ1歳にもならないときでしたので、母親を早くに亡くして可愛そうでした。少しは私たち夫婦が親代わりに何かしてやれたらと思って、義妹の入院中などに子供を預かったりしたものです。 そんな義妹の子供たちももうそれほど手がかからなくなりました。 年数が経っても、自分がその年に近付いているので、また違った意味で義母の死の意味を考えるこの頃です。
コメント:26回目の命日
お姑さんが亡くなられてからずっと、keitannさんがこの家を守ってこられたんですね。まだ若い頃だったと思うので、大変だったこととお察しします。
私の母も、入院するときは家の中のものをすべて整理して引き出しやダンボールに入れ名前を書き、家を後にしたようです。家には父と当時未婚の妹がいたんですが。
それは、家族がわかりやすいように、という配慮よりも、「もうこの家に戻っては来れない」という覚悟だったような気がしているんですが。
私が今急に死んだら、さらに家の中はめちゃくちゃです。それが心配で、やっぱりとうぶん生きていなくちゃ、と思いますね。同感です。
noiさん、こんばんは。
今日、山にご一緒した方は、丁度なくなったときの義母と同じ年の方でした。
50代末というとまだ現役で仕事をしていたりするので、やはり早すぎますよね。
仕事を引退されて少しはのんびりと趣味や自分の時間を楽しんだ後なら、まだいいのですが・・。
noiさんのお母様もずいぶん早くあの世に旅立たれたのですね。父親と違って、母親は子供のことが心配でしょうね。うちも義妹は何とか結婚した後でしたが、一番上の子がまだ1歳にもならないときでしたので、母親を早くに亡くして可愛そうでした。少しは私たち夫婦が親代わりに何かしてやれたらと思って、義妹の入院中などに子供を預かったりしたものです。
そんな義妹の子供たちももうそれほど手がかからなくなりました。
年数が経っても、自分がその年に近付いているので、また違った意味で義母の死の意味を考えるこの頃です。