この出釈迦寺(しゅっしゃかじ)奥の院は別名を「捨身ヶ嶽禅定」(しゃしんがたけ、ぜんじょう)とも言います。地元の人は「ぜんじょう」と呼び習わすようで、私も父がそう言っていたのを聞いて育ったので、長い間、この山の名を禅定というのだと思っていました。
56で死んだ父は、野山の好きな人で私も小さい頃からワラビ狩り、キノコ狩と野山を連れ歩かれたもので、今の山好き、アウトドア好きな私はその頃に下地が出来上がったようです。禅定の山は父がよく行っていたようですが、不思議とこの山だけには連れてきてもらってないのです。そんなこともあっていつかは登りたいと思っていたのでした。
昨日、近くまで行く機会があったので、少し霞がかかったような天気でしたが、我拝師山を北東の麓から眺めてみました。
北側から見ると、禅定のお寺はこんな具合に見えます。
よくもまぁと感心するような場所に建っています。
八十八ヶ所関連のお寺は、半分ぐらいはこんな山の中に建っていますから、巡礼しるほうもなかなか大変です。
話は8日の山歩きに帰りまして、山頂に向かって出発したのは11時です。
ここからが岩場の始まりで、いきなり鎖場が見えますが、最初はたいしたことはないです。
鎖を掴まなくとも岩場の溝伝いに登っていくと、やはり信仰の道なので、辺りにはお地蔵さんがたくさん見えます。
この場所がお大師様が身を投げようとした場所のようです。因みに捨身ヶ嶽という名は弘法大師が7歳のときにここから身を投げようとしてついた名前らしいです。
鞍部から50m以上は登ったところで、見晴らしのよい場所があって、今から登る中山や禅定が良く見えています。
あたりは何のツツジかツツジの木やヤシャブシの木が多かったです。お地蔵様の左に見えているのがヤシャブシですね。実を染物に使うという木です。
先ほどからキク科の花の咲き跡が見えていて、シマカンギクだろうか?リュウノウギクだろうか?と言っていたのですが、花弁の白い色がかすかに残っている株があったので、リュウノウギクだろうと推測しました。
リュウノウギクを撮影していると上から先ほどの高知からのパーティーが下ってきました。「何の花を撮影してるんですか?」と尋ねられたので「リュウノウギクですよ」というと初めて聞く名前だとのこと・・。高知はアシズリノジギクを初めとして野菊の種類が多いのですが、香川ではちっとも珍しくないリュウノウギクのほうがかえって珍しいのでしょうか?
讃岐の山はどれもお椀を伏せたような綺麗な形をしていて、絵本の山の絵にそっくりな形をしていますが、山頂付近では台地のようになっているのが特徴です。
山頂付近は樹林になっていて、驚いたことにはまだ雪が残っていました。
この辺りなど、まだ10センチ近い積雪でした。降ったのはこの5日ほど前なのですが、気温が低い日が多いので、今年は低山にも結構雪が残っています。
昨年、この善通寺の5つの山を200人もの人が縦走するという大規模な催しがあって、そのときに整備されたのか。瀬戸内海が見えるように山頂の樹林が切り開かれていました。
予習が十分ではなくて、我拝師山の標高はどのぐらいかな?と思いながら登っていたのですが、481mと讃岐の里山にしてはまずまずの高さですね。
山頂にはどういうわけかタラの木が多かったです。タラの芽もさすがにここまで採りに来る人はいないのでしょう。
それにこの山は神聖な山なので本来は飲食も禁止なのです。