二ノ丸跡からさらに南へと登って行くと、本丸跡に出てきます。
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↑標高も三角点より20mほど高く381mほどもあります。
ここがかつて香川氏が山城を築いていたその本丸跡です、
天霧山はバベ(ウバメガシ)の多い山ですが、下りもウバメガシの林の中を下っていきます。
瀬戸内海が木々の間から一瞬見えていました。
こんもりとした山頂は弥谷山の山頂です。
天霧山山頂直下は「犬返しの険」と言って犬さえも寄せ付けないほどの険しい道という意味でしょうか。
けれども、讃岐の里山にはこの程度の急坂はあちこちにあるということが、今ではわかりました。
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犬返しの険の基部のところで、四国電力の保線路と合流します。
登り始めで途中まで保線路を登ってきましたが、それをずっと歩いていればここに来たわけです。
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途中、善通寺五岳中の4座が良く見える場所がありました。
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ここにも地籍図根三角点がありました。
今まで何度も歩いている場所なのに、今まで気づかなかったのはどうして?
最近立てられたのかも?
隠し砦跡までやってきました。
いつもはこの辺りまでしか来ないことが多いのです。
去年も雪が降った後に、ここまで来てコーヒーを飲んで帰ったことがありました。
16時丁度に天霧越を通過しました。
この時間だと下山時刻は17時前なので、丁度良い時間ですね。
下り始めるとすぐに磨崖仏らしきものが見えますが、今では何が掘られているのかすら判然としません。
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屋根つきの石仏もあります。
昔の人は、石仏を殊の外大事にしていたようです。
道はじぐざぐがちゃんとつけられていて歩きやすいですが、曲がり角のところに石仏が二体ありました。
台座の部分だけ最近取り替えられたらしく、石の色が新しいですね。
2004年の台風の爪痕はすさまじく、この天霧越からの下り道も5年ほど前まで通行禁止だったと思います。
スマホで見ると、標高258mまで下ってきました。
天霧山山頂からすでに100mは下ったわけです。
スマホ上の画像は天霧越で撮影した画像で、こいうい撮影した画像をどういう風にいかせるのかがまだ良くわかっていません。
1月20日頃に訪れた弥谷寺でもすでに山間の花が咲いているのを見ていましたが、この下りでもヤマアイの株が多く、仲には花が咲いた株も見受けられました。
16時18分、お堂の下を通過しました。
もっと上のほうにあると思い込んでましたが、意外と下の方でした。
この道はここ数年、7カ所参りなどで歩かれているようですがそれでもそれ以外の時は歩く人もあまりいないようです。
小さな沢にかけられた鉄板の橋を渡れば下山口も近いです。
砂防ダムの横を通ると、やがて眼下に山麓の家や瀬戸内海が一望できるようになります。
駐車した車も見えてきました。
下山は16時34分でした。
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道中で見つけたオケラの冬姿です。
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アオモジの花芽もまずまずで膨らんでいました。
最期にルートラボの地図を貼りつけておきます。