さて、小檜曾山にも登ったので、これからは今日のメインの山である土佐矢筈を目指すことにしましょうか。
今日は目的地の土佐矢筈がはっきり見えているので、これなら初めての私でも道を間違えることはなさそうなので、ここからは私がトップを歩かせてもらうことになりました。
PさんとRさんのモデルを務めますので、モデル料は後ほどたっぷりといただくことにしましょう(^_^;
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行く手の土佐矢筈を正面に眺めながら、まずは分岐まで引き返そうとしていたら、分岐辺りに人影が見えました。、
今日は私たちの貸切かと思っていたけど、時間が早くて誰も来てなかっただけで、9時を過ぎると、さすがに他の登山者の方たちも登ってこられたようですね。
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土佐矢筈の尾根の向こうにも、稜線が3重にもなって見えています。
あれは物部の山々なのかな~?
この後、分岐辺りに見えた人たちだと思うのですが、何人かとすれ違いました。
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10時9分、分岐まで戻ってきました。
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分岐辺りでも、またまた数人の方たちとすれ違いました。
今日は若い男の人たちが結構来てますね。
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緩やかな稜線を登っていきますが、稜線から北側にはトサノミツバツツジの群落があるようです。
けれども、残念なことにシカに食べられて枯れた木が多いですね。
土佐矢筈にはミツバツツジが多いと聞いていたので、いつか登ろうと思っているうちに、何年もの年月が経っていました。ミツバツツジが食べられてしまわないうちに登らないと、そのうちなくなってしまうかもしれません。
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後ろを振り返ると、先ほど歩いてきた小檜曾山の先のコブとその向こうには高板山方面が見えています。
徳島も山が多いけど、高知もほんとに山が多いとつくづく思います。
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あれれ…稜線上に山頂標識が見えています。
これは?
不思議に思ったら、これはニセ小檜曾の山頂なのだそう・・・。
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字がかすれて見えませんけど、確かに小檜曾山と書いてあります。
間違って道標を立てるなんてことがあるんですね。
ニセ道標の前では、単独の男性が一人休憩されていました。
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遠くには先ほどまで見えなかった天狗塚の東のほうも見えてきました。
なだらかな山の形からすると西熊山かな?
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ニセ道標を越えてしばらく歩くと、だんだん綺麗な笹原になってきて、気持ちの良い歩きになってきました。
天狗塚や牛ノ背から眺めると土佐矢筈も気持ちよさそうな笹原に見えましたが、実際、気持ちの良い笹原だったんですね。
振り返ると真っ青な空に真っ白の入道雲がとても綺麗・・・。
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高板方面がどんどん遠くなっていきます。
土佐矢筈への笹原歩きは距離はずいぶんあるように見えるけど、歩きやすいしアップダウンがあまりないので、その割に時間がかかりませんね。
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↑この辺りからがいちばん気持ちの良い笹原歩きになります。
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笹原の向こう、北側には中津山や寒峰が見えていて、この雰囲気は天狗から牛ノ背への笹原と感じが似ています。
おまけに、南の谷から涼しい風が吹きあがってきて、気持ち良いと言ったら・・・
前の週の四国カルストは結構暑かったのですが、たった一週間でこんなに涼しくなるもの?
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花は咲いてなくとも、あまりの気持ち良さにシャッターを何度も切りました。
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なだらかな稜線は、石鎚山系の稜線歩きとは一味違っていますね。
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シコクフウロが思い出したように、ポツンと一輪咲いているぐらいで、花はほとんど見られませんが、展望が抜群なのでそれだけで十分・・・
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何と綺麗な笹原なんでしょう・・・・
ほんと癒されます。
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どこかで休憩しようと思うのですが、この先に絶好の岩場があるからと言われて、そこまで下ります。
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下りの岩で咲いていたのはタカネオトギリ・・・
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↑この岩場が休憩ポイントらしいです。
谷から涼しい風が吹きあがってくるので、ここが良いですね。
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後から下ってくるYAさんの奥さんやPさん、Rさん、YAさん・・・。
気持ちが良いので、皆さん、のんびり下ってるようです。
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白い雲が適度に浮かんでいて、絵になります。
10時45分、風に吹かれながら休憩タイムです。
持参の果物など食べながら風に吹かれていると、山はもう秋の気配ですね。
下界の人たちには申し訳ないけど、一足先に秋を満喫です。
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分岐付近ですれ違った若者たちが、早くも後ろから下ってくるのを眺めながら、私たち年配組はのんびりでした。
昔なら、こういうところではお昼寝をしていたことでしょうね。
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↑こちらは今から向かう土佐矢筈です。
コースタイムを見ると、後30分ぐらいで行きそうな感じですが?
標高差も150mぐらいの登りみたいです。
でもPさんの話では、矢筈の登りはちょっとした笹漕ぎだったそうですが、さて?