話が後先になりますが、近江への旅の第一日目の主な目的は主人を日吉大社に案内し、安土城址に登ることでした。
まずは安土城址の記録から綴ります。
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↑日吉大社にお参りした後、琵琶湖大橋を渡り彦根方面に走ります。
安土街道という道があるんですね。
5年ほど前に電車で近江を旅したことがあり、その際は彦根や近江八幡を歩きましたが、気になっていた安土城址には行く余裕がありませんでした。
司馬遼太郎の街道を歩くの中に安土城址に登るという記事がありました。
司馬さんはどうも山歩きが苦手だったようで、安土城址に登るのもかなりしんどく感じておられたようです。そういう我が家の主人も山歩きが苦手なので、登るかどうか直前まで心配していましたが、何とか一緒に登りました。
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駐車場に着いたときは午後3時を回っていました。
広い駐車場もコロナの関係かガラガラです。
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入場料700円を払って、入り口の杖をお借りして歩きはじめます。
この日は夕方とは言え車の温度計が31℃を指していて、暑い日でした。
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見上げるだけで疲れそうな石段。
段差がかなりあって、昔の人は小柄だったというのに、よくこんな段差のある石段を登ったものです。
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石段に咲いていたコナスビ。
今年はいろいろなところでコナスビをよく見かけます。
昨日の山でもたくさん咲いてました。
検索するとやはり成分に毒があるらしいですね。道理でシカも食べないはずです。
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トンボも石段にとまってます。
この日は暑かったので、トンボも休憩でしょうか。
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かなり登ったところで、「森蘭丸亭邸」の文字。
歴史の本で読んだ人物の屋敷跡ですね。
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織田信澄は信長の甥だったようです。
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ところどころに城壁が残っています。
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仏足石という言葉は初めて知りました。
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天守址へと登る最後の石段。
安土山は標高199m。
私の地元の飯野山のちょうど半分ぐらいです。
主人もしんどそうでしたが、何とか登りました。
ただの山登りではなく、歴史上の有名な城跡が見られるとなったら頑張れるものですね。
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天守址は想像していたのよりはるかに小さくて、意外でした。
建物は建っていると大きく見えますが,なくなると敷地は意外なほど小さいですね。
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小さいと思ったら、実際はこの周りにまだ建物があったのですね。
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天守址より霞んでいますが琵琶湖を眺める。
実際は「西の湖」という湖が見えているようで、これは琵琶湖の内湖のようです。
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天守から下る道沿いで咲いていたのはニガナ。
舌状花が5枚です。
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帰りは順路通り別ルートで下ります。
石段を登るとお寺があるようです。
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咲き乱れているのはノアザミ。
夏草や兵どもが‥‥思い出します。
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建っているお寺は摠見寺というようです。
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残存している三重塔はなかなか立派な建物でした。
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摠見寺からも琵琶湖方面が良く見えました。
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山門へと下ります。
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山門は実家近くの札所である弥谷寺の山門と雰囲気が似ています。
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山門をくぐると石畳の道が続いていました。
コロナ禍の最中でしたが、城マニアの方たちなのか10名近くに会いました。
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もうすぐ下山という場所から水田が見えます。
香川の水田と違い、近江の水田は広々としています。
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安土山の山麓には羽柴秀吉の屋敷跡。
でもこれは伝ですから、真偽のほどはわからないようです。
最後にこの旅で見かけた植物たちを。
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日吉大社ではマルミノヤマゴボウがたくさん生えていました。
2年前にはまだ花が咲いていましたが、これは果実になり始めた姿でしょうか。
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ミズタビラコは2年前にもたくさん見かけました。
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数年ぶりで見たオカタツナミソウ。
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何とイワナシの株まで・・・
いちばん見たかった花は今年も空振りでしたが・・・・
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旅の最後は醒ヶ井宿に立ち寄り梅花藻を堪能してきました。
よく見ると高山で咲くチングルマそっくりの花ですね。
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水に揺蕩う姿はいつ見ても心癒されます。
コロナ禍で観光客はほぼ皆無で、私たち夫婦にとっては願ってもない状況でしたが、地域の人たちは複雑なんでしょうね。