実家のお墓参りの後、今度は海辺の町にある叔母の家に立ち寄り、叔母の墓前参りをします。叔母には若い頃、お世話になったものですが、奇しくも叔母は父と同じ脳腫瘍という病気で2年ほど前に亡くなりました。といっても叔母は母の妹ですから、私の父と叔母は血の繋がりはなく、私に縁の深い人が同じ病気で死ぬと言うのも何かの因縁のように思えます。
叔母の家の庭にはかなり大きい白花のハナミズキの木があるのですが、今年もまたたくさんの花芽をつけていました。叔母が脳腫瘍を発病したのは祖母が亡くなった翌年ですから、もう5年ほど前のことになりましょうか。手術をして腫瘍を取れるだけ取って、一旦は退院しました。独身で子供もいない叔母ですから、退院後は家政婦さんに身の回りを手助けしてもらっていました。
退院した年の春、満開のハナミズキの木の下で叔母の写真を撮った私は心の中で、これがもしかしたら最後の写真になるかも・・・などと思ったりしたことでした。
帰路は海辺の道を走ります。道は年々、広くなっていて、新しい道は古い海岸沿いの道より一つ山手を走っています。
しかし、ふと気が向いて古い道を走ってみました。
近くには無人駅があって、コバノタツナミソウなども咲いていたはず・・・。
無人駅まで歩いて下りてみると、残念ながらタツナミソウは、まだ咲いていませんでしたが、思いがけずヒメウズが咲いていました。5年程前にヒメウズという花のことを知って、その後、初めて、ヒメウズを見たのはこの無人駅でのことでした。こんな素敵な小さな花があることを、それまで知らなかったのが不思議でした。その後、私が山から種を衣服につけて帰ったか、何時の間にか我が家の庭にも咲くようになっています。
花の長さが5ミリほどの小さな花で、コンデジでは撮影に苦労していましたが、さすがにカメラが変わると撮影も楽になりました。
無人駅の直ぐ北側が海になっています。海岸から100Mもいかない海の中に津島神社が建っています。
先ほどから駅の裏手の駐車場に車が10台ほど泊まっていると思ったら、今日は潮の加減かいいのか、潮干狩りに来ている人がいました。
私も子供の頃は父に連れられて、ここでよく潮干狩りしたものです。結婚直前にも来たことがありますが、バケツに一杯ぐらい葉2時間ほどでとれたものでした。食べきれず佃煮を炊いたこともあったのです。それが結婚して、子供達が小学低学年の頃に年に1,2回は来ていましたが、その頃はもうそれほどはとれなくなっていました。
実家方面に来ると、何を見てもやはり父を思い出します。
無人駅の駅舎です。この駅は津島神社の夏の大祭の二日間だけ営業されると言う、全国一営業日数の短い駅です。
駅の手前の踏み切りがカンカン鳴っていると思ったら、コンテナ車が通過していきました。
駅の直ぐ近くの畑では色鮮やかなえんどう豆の花が、咲いています。後ろには菜の花畑が見え、寒かった季節もようやく終わりを告げました。
考えてみると、育ったふるさとが直ぐ近くにあるというのは、ずいぶん幸せなことですね。