宿でどこを見学するか見ていた際に、行きたかったのは石舞台と高松塚古墳でした。
飛鳥寺を見た後、周遊地図を眺めていると、石舞台を先に回ったほうがよさそうです。
途中、標識を見たり、出会った人に尋ねながら、飛鳥寺から南に1,2キロ自転車で走った場所が石舞台古墳でした。
折しも、明日香アートプロジェクトというイベント中だったようで、私たちが入場した途端、石舞台の周囲から霧が漂ってきました。人工的に発生させた霧ですが、カメラマンの方たちも何人か、良い場所を陣取って撮影されていたようです。
石舞台古墳は私自身は中学か高校時代に教科書か資料集に記載があって知っていたのだと思うのですが、調べてみると、今の教科書からは消えているそうです。
というのも、石舞台古墳は蘇我馬子の墓という説があるのですが、それは実証できないそうで、おまけに副葬品なども盗掘されてしまい、歴史的な価値があまりないということのようです。
その後に、高松塚古墳など、もっとすごい発見があったということもあるようです。
いずれにしろ、歴史のような一見変わることのなさそうな学問でも、時間が経つにつれて、いろいろな変遷があるものなんですね。
紅葉のほうもなかなか見ごろで、歴史散策といっしょに紅葉見物もできるという願ってもないサイクリングです。
これはコスミレのようですね。
普通は盛り土をしてあるのですが、丈夫の土がなくなって、岩が露出してあるので、まるで石でできた舞台のようだというので、この名前がついたすです。
いずれにしろ、大昔に日本史を習った身としては、石舞台というのは、飛鳥の古墳でも昔から憧れていた存在で、実物を眺めてイメージ通りだったのが、満足でした。
次に行く予定だったのは高松塚古墳です。
高松塚古墳まではちょっと距離があって、さすがに自転車でも30分近くかかりそうです。
うまく書けないので、地図をDLしてきて、自転車で走った跡を緑のラインで書き込みました。
高松塚古墳へと向かう途中で、「聖徳太子誕生の地」というのを見つけ、訪ねてみたら、そこが橘寺でした。
飛鳥寺よりは規模は少し大きいものの、それでも京都のお寺とは雰囲気が全然違います。
この年表によるとこの橘寺の歴史も古く、7世紀初めまで遡るんですね。
私などが時折訪れる本願寺なども13世紀の建立だそうですから、飛鳥の地のお寺がいかに古刹かということを感じます。
お寺の境内には様々な植物が植えられているので、花や樹木が好きな人間には、寺社仏閣巡りはなかなか楽しいものです。
ここも見物客は4,5人といたって静かでした。