道はこんな感じで続いているのですが、立ち木はどれも枯れているのが多く、難かちょっと違和感のある道ですよね。
後で、その意味に気づくのですが、このときはまだ考えが及ぶことなく歩いていきます。
標高はたった160mしかありませんが、島の山はやはり見晴らし抜群です。
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この日はサルトリイバラの赤い実をあまり見ませんでしたが、ここで唯一綺麗な赤い実を見ました。
このキリの実と花芽は実は生け花にも使われるそうです。
確かに、シンプルな色だけど、形が面白いです。
良い花材になりそう・・・。
これは?
そう、ヤシャブシですよね。
しかも、ヤシャブシは植えられているようにそれからも多く出てきました。
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丸亀方面には青の山、飯野山、そしてその後ろに阿讃山脈まで見えてきました。
四国の山だけは名前がちゃんとわかるのが我ながらおかしいですが・・・。
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道の真ん中に、何かわからない赤い葉っぱの植物が生えていました。
色のあるものが少ないので、こんなものでも撮影してしまいます。
右に行けば展望台、左に行けば国民宿舎、後に行けば正覚院ということのようです。
ここは当然ながら、左に行きます。つまり下山路です。
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草を刈りはらった道らしきものが見えるので、どんどん下ります。
八ヶ峰の東斜面を下るようです。
この建物は本島では一番目につく建物ですから、これが見えると、自分の位置がわかります。
いつももっと山らしい山で見るので、こんな海辺の山で咲いていると、ヤクシソウなのかどうなのか自信がなくなりますね。
道は一つだけではなく、いくつか踏み跡のようなものがありますが、適当に下れば、同じ道に収束するようです。
これ、もしかすると石切り場の跡??以前、新聞で読んだのですが、本島では大阪城の石垣にするための石が切り出されていたそうです。
記憶がその時はあいまいだったのですが、後で良いことをお聞きしました。
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この後、砂防ダムを右に見ながら下ってくると、鉄塔のすぐ近くに下ってきました。
その後すぐに、車道らしきところに出ましたが、車道から山道へ取りつく場所に道標が何もありません。
これでは下ってはこれますが、登山口を見つけるのがちょっとてこずりそうです。
せめて、登山口の道標が欲しいところですね。
結局、山道へは、私が登りの際に「あの道を行けば山に登れそうかな?」と思っていた車道を辿れば良かったようです。しかし、そういう道は行き止まりになっていることも多いので、今回は下りに使って正解でした。
あの少しアップダウンのある尾根筋を右から左へ歩いてきた訳ですね。
所用時間はお不動さんに寄った時間も含めて山頂から50分ほどでした。
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船の時間までまだ1時間半もあったので、観光案内所横のお店でゆっくりコーヒーを飲みました。
これは案内所にあった本島の模型ですが、オレンジ色のラインがこの日私が歩いた道です。
そして、案内の方からお聞きした話ですが、島内の跡二つの山、小阪山と高無坊山も最近登山道整備して登れるようになったそうです。良いことをお聞きしました。
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私は往復乗船券を買ったので、17時10分発のフェリーまで待ったのですが、本島からは児島行きの船も出ているようで、こちらは16時35分発と言うのがありますから、児島行きに乗って、児島から電車で帰ってくるというのも面白そうだと思いました。
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帰りはこの日もフェリーから夕陽を眺めながら帰ってきましたが、フェリーでも所用時間は30分です。
短い船旅ですが、船に乗って島の山に登るというのは日常とはちょっとかけ離れた山登りになり、なかなか面白いものです。
1月31日 追記
先週から風邪気味でぼーっとしてたのか、書こうと思っていたことを忘れていましたので、ここに追加します。
本島 八ヶ峰の下山中、何かほかの山と違和感を感じたのは、自宅に帰り着いてから思い出したことでした。
本島はかなり前に大きな山火事が出て、10日余りも燃え続けたことがありました。我が家のご近所のご主人なども消防団に入っている方がいて、鎮火作業が逸れはそれは難航したのだと聞いたことがありました。
私が歩いた尾根筋は、その時の山火事できれいさっぱり燃えたところだったのですね。
丸亀の市内からでも少し高い3階建て以上の建物に登ると、本島や広島が良く見えますが、一時は禿山になっていたことを思い出しました。今は一応緑色には見えますが、それでも遠目にもヤブが薄いことがわかります。
ヤシャブシなどの木は崩落防止用に植えられる樹木と聞いたことがありますが、それで山火事後に植えられたと見えます。
また、八ヶ峰東側に位置する高無坊山につけられた道沿いには大阪城の残念石が見られるそうです。
機会があれば、高無坊山や小阪山にも登ってみたいものです。