先ほどの山頂標識のほかに、もう一つ、10mほど離れた場所にこんな道標も立っていました。
三俣蓮華岳はその名が示すように3方向に尾根が伸びているようで、富山、岐阜、長野の県境になっているんですね。
そして三俣蓮華岳の山名については、古くはこちらのほうが鷲羽岳と呼ばれていて、今の鷲羽岳は東鷲羽岳と呼ばれていたということは、どこかで聞きかじったことがありました。詳細についてはこちらをご覧ください。山の名前に関しては面白い話が結構あるものですね。
3,4年前に白馬に登った時も三国境と言う場所を通過しましたが、ここは富山、新潟、長野の県境になっていました。
三俣蓮華も双六側から登った感想としては、ただの分岐と言う雰囲気でした。
西への稜線を辿ると黒部五郎方面ですが、私たちは三俣山荘方面へと下ります。
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画像右のほうに見えているのが「三俣山荘」と書かれた道標で、これに従って進みます。
Yさんが、ちょっとルートを見失ったようですが、よく見ると、ちゃんと道があります。ただ、石を落とさないように細心の注意を払います。
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ガレ場の向こうにも雪渓が見えていますが、視界が悪いので、とりあえず、足元とその少し先を見ながらの下りです。
キバナシャクナゲがちらほらと出てきたようです。
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レンズが曇ってきていて、あまり綺麗に撮れていませんが、この日見たキバナシャクナゲはどれもほんとに綺麗でした。
遅くまで雪渓が残っていて、開花が遅れていたんでしょうね。
ここは双六方面への巻道との分岐になっています。
ただし、雪がたくさん残っている季節には、今回みたいにガスってしまうと道を見失うので、使わないほうが賢明です。
夏道が完全に露出した時期に、双六岳や三俣蓮華をショートカットして、とにかく早く小屋に行きたいという人向けのコースですね。
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ガスでぼんやりっとしか見えませんが、向こうのほうを歩くYさんが見えます。
ほんとなら正面に鷲羽の雄姿が見えるんでしょうね。
これはカールの地形になっているんですね。
晴れていたら、素晴らしいでしょうね。
もっと向こうにうっすらと見えている茶色いガレ場は硫黄岳の崩壊した西斜面で、これは去年西鎌尾根からも良く見えたので覚えています。ということは、この谷は湯俣川の源頭部で、昔はこれに沿って伊藤新道と言うルートが三連まであったようですが、今は荒れ果てて通行不能のようです。
それにしても白馬や剣沢辺りの雪の多さは見て知っていましたが、三連辺りもかなりの雪が残っているものです。
登山道は鷲羽を目指すようについていて、三俣山荘は鷲羽の南西に伸びた尾根の基部に建っていることは、数年前に来たときに双六小屋から眺めていたので知っていました。
前を歩いているのはYさん以外にもう一人見えています。
双六小屋からこの日鷲羽方面に向かったのは5,6人だったと思います。
皮肉なことに、ピストンから帰ってきて2時間ほど経った16時ごろに一瞬だけ展望が望めたので、その時に撮影した三俣山荘です。
山荘から右に伸びた尾根が鷲羽山頂へ至る尾根です。
途中に赤屋根の三俣山荘が見えています。
後ろに見えているなだらかな山は祖父岳のようですね。
山道は樹林の中の急坂を下るようになります。
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ここまでの行程の中でこの画像が三俣山荘が見えた最初で最後の瞬間です。
まだかなり下るようですね。
9時26分、三俣山荘に着きました。
山荘まで来たのは、雨の中ではお昼を食べる場所もないので、小屋で食べさせてもらうのも目的です。
あわよくば、自炊室を使わせてもらえるかと思いましたが、利用できるのは宿泊者のみのようです。
そこで、小屋の二階にあるという食堂で食べさせてもらうことにしました。
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レンズがすっかり曇ってしまって、こんな画像しか撮れませんが、三俣山荘の食堂の様子です。
私はコーヒーをYさんはホットミルクを注文して、食堂でお弁当を食べさせてもらうことにしました。
食堂の中は清潔で、食堂から見える厨房の様子も小ざっぱりとしてとても感じよかったですよ。Yさんは後でトイレをお借りしたそうですが、トイレのドアが木製のドアで、綺麗なトイレだったと感嘆していました。
食堂には双六小屋で一緒の部屋だった若い女性がすでに着いていてケーキセットを注文していました。前日から同じ部屋なので、彼女ともいろいろと話が弾みました。
お弁当を食べ、コーヒーも飲み終わったところで雲ノ平方面からの20名ほどの団体さんがやってきたので、双六小屋に帰ることにしました。
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窓からはこんな眺めが見えますが、この日はガスのため三俣蓮華の姿は見えてないそうです。
それにしても、雨の日は、やはり小屋の存在ってありがたいものですね。
三俣小屋にはとても良いイメージを持てたので、もう一度来ても良いかなと思います。