先週初めから、具合が悪くて心配してました。
餌を全然食べず、水や牛乳も飲まなくてスポイトで与えたり・・・
4日ほど前に姿が消えた時はもうどこかで死んでしまったかとすごく嘆きました。
主人が倉庫の2階でいるのを見つけてくれて、家に連れ帰ったのですが、その夜と次の夜は一緒に布団で寝ていても、冷たくなってるんじゃないかと、時々起きては触ってましたが・・・
それが、昨日ぐらいからちょっと元気を取り戻しました。
先週初めから、具合が悪くて心配してました。
餌を全然食べず、水や牛乳も飲まなくてスポイトで与えたり・・・
4日ほど前に姿が消えた時はもうどこかで死んでしまったかとすごく嘆きました。
主人が倉庫の2階でいるのを見つけてくれて、家に連れ帰ったのですが、その夜と次の夜は一緒に布団で寝ていても、冷たくなってるんじゃないかと、時々起きては触ってましたが・・・
それが、昨日ぐらいからちょっと元気を取り戻しました。
花友さんが出発された後、3時を過ぎてからお墓に行きました。
先週、義母の祥月命日のためにはすでにお参りしてきたのですが、今日は彼岸の入りということで、
たぶんお花がこの暖かさでだめになってるだろうと思い、産直に寄ってストックとカーネーションだけ買っていきましたら、やはり、だめになった花があってちょうどよかったです。
↑香川は一昨日、開花宣言が出たそうですが、もしや?と思って行ってみたら、ほんとに墓地公園の桜も10輪ほど咲いていました。びっくりです。
今まで40年以上、毎年、お彼岸には来てますが、お彼岸に桜が咲いていたなんて初めてのことです。
これも温暖化のせいなんでしょうか。
今日は高校受験の合格発表の日でもあり、「桜咲いた」若者も多かったことでしょう。
咲かなかった若者も、若い日のいろいろな経験はきっと人生の大きな糧になってくれることでしょう。
10年前の3月11日のブログの記事です。
こちらです
畑で庭仕事をしていて、一段落して休憩を入れようと家に帰ってきたら、まるで映画の一コマみたいな画面がTVで流れていました。思わず主人に「これって映画?」と訊きました。
その後1週間ほど仙台の親友の消息が知れず、ずいぶん落ち込みました。生きているとわかったのは17日のことでした。気が抜けたようになり、「良かった良かった」とだけつぶやいてました。
今でも夜中に1時間とか2時間、彼女と電話しますが、これもお互いに生きていたからこそ。私の方もその後大病をしましたが、手術後2週間ぐらいのときに、彼女が仙台から丸亀の病院まで駆け付けてくれました。
お互いに半分死んだみたいなものだね、いつでも死ぬ覚悟はしておかなくてはとよく話しています。
セツブンソウを見に岡山に行った日は、ついでに岡山インター傍の行きつけの山道具のお店に行ってきました。ストックのプロテクターを落としてしまっていたのでそれを買いに・・・
ついでに防水手袋やワンタッチアイゼンも・・・
今日はザックを買いにモンベルへ・・
孫たちもほんとにいつの間にか手がかからなくなってました。
娘は親が言うのもなんですが、結構、よく孫たちをみていたと思いますが、たぶん2人目の孫が生まれてから孫たちを預かったのはこれが初めてのような?転勤族なので各地を転々としたせいで、親に子供を預けるということができなかったというのもありますが・・・
数年ぶりで障子の張替えをしました。
去年の年末は退院して間もなくて、大掃除もできず、おせちも作れませんでした。
今年は私が寝ている部屋の障子が、南向きでたぶん日の光のせいだと思うのですが、紙が弱って破れてしまったので、張替えを。