しまなみ隊と香川の里山を歩く、その2、急坂を登り袋山へ
ウオーミングアップ代わりのカッパドキア訪問が終わったら、今度は本日のメインコースである袋山~勝賀山縦走の登山口へと車で移動します。
それぞれの車で登山口へと向かうのですが、高松市の西部運動センター近くの県道33号線沿いに車を停めました。自販機用の駐車場?かもわかりませんが車が数台置けます。17名が下山してから乗れるように、車4台は下山口にデポしておく必要があって、帰りに運転者を乗せて帰るために後1台、男性陣が計5台の車で下山口の赤子谷へと向かいます。
その間、女性陣はのんびりと30分ほど登山口近くで待ちますが、私とPさんはその待ち時間を利用して、歩いて数分の西部運動公園のトイレをお借りしてきました。この日は冷え込んだので、私にしては珍しく速乾吸湿の薄手のタイツを穿きこんできたのですが、カッパドキアを登っただけで暑さで閉口したので、トイレでタイツを脱ぐためもありました。
その前の週は雪山だったので、防寒衣類をばっちりだったのが、この日は朝から良く晴れて気温も上がりそうです。
↑車を駐車した33号線沿いの駐車場から眺めた袋山です。
西部運動公園から眺めたほうがずっと恰好が良かったのですが、生憎とトイレに行く際にはさすがにカメラを持参しませんでしたので・・・。
↑11月末の香川の山仲間の忘年山行で大高見峰から高松方面を眺めた際に、初めて袋山と言う山の存在を知りました。
その隣の勝賀山には何年も前から登りたいと思っていて知っていたのに、近くの袋山が目に入ってなかったというのも我ながら変だと思うのですが・・・。大高見峰から眺める袋山~勝賀山の稜線も、なかなか格好が良いですね。
この忘年山行で眺めてから、ぜひともこの冬に登ろうと思っていたので、今回はほんとに良い機会です。
10時25分、車をデポしに行ってくれた男性陣も帰ってきたので、いよいよ袋山への登山開始です。
先ずは33号線を横断することから歩きが始まりましたが、横断歩道がないので、渡り損ねた人たちを待つのに2分ほどかかりました(^_^;
↑画像には飯野山も写っているようですね。
登山口傍には廃屋となってしまったモーテルがあるということでしたが、なるほどピンクの建物がそのモーテルらしいです。
先頭を歩かれるのははるちゃんとエントツ山さんです。
道路の上に何やら黄色く咲いているのはツキミソウ?
いかにも郊外らしい風景ですね。
しかし、その次に、たった1輪ほころんだ白梅を見つけて、欣喜雀躍しました・・と言っては大げさですが、今年初めて撮影できた白梅だったのです。
この日の暖かさに開花したばかりだったのかも・・・。
竹やぶの間の車道のような道を大勢で登ります。
このとき、たまたま、はるちゃんの生年月日を教えていただいたのがきっかけで戦争経験などを伺いました。はるちゃんは満州方面に出征されていたそうです。航空隊に配属されたので、待遇は良かったそうで、食べるものにも不自由されなかったとか・・・。私の父は56歳で脳腫瘍で死んだのですが、生きていればはるちゃんより1歳年下の89歳のはずです。父はフィリピン方面へ出征したので、ずいぶん苦労したようです。それにしても、死んだ父も野山や海が大好きで、私が山歩きをするようになったのは父の影響も大きいですが、生きていたら、はるちゃんのように今も里山を元気で歩いていたんでしょうか?
はるちゃんと話をさせていただくと、まるで父と話をしているようで、何とも言えない心持になりました。
10時43分、それまでの車道歩きから、いよいよ山道歩きになりました。
とはいえ、ちゃんとした道があるわけでも道標があるわけでもありません。
踏み跡程度の道です。
そのうち、南斜面を直登するような感じになってきました。
袋山南斜面はどういうわけか、直径10センチ程度の石がやたらと多くて、登っているとついつい石を蹴飛ばしてしまい、落石させてしまいます、こんな里山で落石の心配をするなんて、ちょっと珍しいですね。
登りがきついので、この辺りから山頂までの写真はほとんどありません。
でも、上を見上げると、そろそろ山頂が近そうな雰囲気ですね。
↑あそこを登り切ったら山頂みたい・・・・
11時11分、山頂に着きました。
見た目とは違い、山頂は結構広かったです。
3等三角点もあります。
この後、皆で記念撮影をして、10分ほどの休憩を取りました。
気温が上がってきたのと、急な登りだったのとで、冬場には珍しく喉が渇いたので、冷たいお茶が美味しく感じられました。
山頂には祠が祀られていましたが、こんな急な山にどうやって担ぎ上げたんでしょうね。
昔の人は、信心深かったということでしょうか。
11時28分、休憩を終えて、袋山山頂から下り始めます。
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