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2008-11-26

三泊四日で東京&信越の旅、その8、清津峡

マイクロバスから見玉で再び大型バスに乗り換えて、一旦、石打に出てお昼を取ります。

大勢が食事できる場所となると、限られるんですね~。これが数人の旅行なら、どこでも気の向いたところで食事できるのですが・・。

石打辺りからは天気が良ければ、懐かしい巻機山方面も見えるのでしょうが、この日も雨は降らないものの、山を見ることはできませんでした。

食事が済んで、新潟のお酒などをお土産に買い込んだら、再び車上の人となります。

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最後に見るのは清津峡というところです。

前回の記事に載せたアルパインガイドにも「十二峠から清津峡」というコースが載っている位ですから、昔から散策コースだったようです。添乗員の方のお話では、ブナなども見られるコースだそうですが、今は健脚向きのコースになっているそうです。

清津峡では昭和の終わりごろに落石事故があったそうで、数名の方が亡くなられたそうです。そのために一時、観光を取りやめていたのが、山の中にトンネルを通すことにより、安全に楽しめるようになったとか・・。

↑画像が、その清津峡に向かう人たちです。人々が向かっている先にトンネルの入り口が見えています。

この手前に駐車場がありますが、ここまでも道が細いので途中でマイクロバスに乗り換えてやってきます。

Pb094177 トンネルについての案内板です。工費が相当かかったようで、このトンネルに入るには有料となっています。

Pb094195 トンネル内は数箇所、外に向かって開かれていて、そこから観光客が外の景色を楽しむという具合です。

清津峡は柱状節理でもとても有名なところのようで、なるほど、岩がまるで柱のように重なっています。

柱状節理は四国では石鎚山で顕著なので州が、ここでは川が浸食した面がすべて柱状節理になっているようです。

Pb094199 下を覗き込むとこんな具合です。

Pb094196 ズームしてみます。沢の直ぐ植えの岩は、さすがに流れる水によって、角が取れて滑らかになってきていますね。水の力はすごいものです。

Pb094203 柱状節理についての説明もありました。

Pb094200 ここの紅葉はどちらかというと黄色が主体の染まり方です。

Pb094204 トンネルの終点までは約700mぐらいです。

まさに川によってV字型に削られた谷です。

Pb094210 トンネルから沢には柵があって、出られないようになっています。

ボクチらしき花の咲き跡が見えたので、撮影したつもりですが、近づけないので、これで精一杯・・。

Pb094208 岩にびっしりとついた木々・・。栄養などはどうして摂取しているのでしょう。

四国だと、こんな場所にはアケボノツツジが生えていそうですが・・。

遠目なので、樹種がはっきりとはわかりません。

Pb094193 先輩がたと同期のIさん、皆で記念撮影です。(画像は大きくなりません)

Pb094214 清津峡の駐車場まで帰ってきて撮影した紅葉の山々です。

秋山郷の紅葉とは、またちょっと色が違うようです。

Pb094215 画像中央に紫色っぽく見える木があるのですが、この木がどうにもわからず、何だろう何だろうと先輩と話したことでした。

御土産物屋さんで美味しそうな野沢菜入りの「おやき」を売っていたので、買ってしまいました。

おやきって信州ならどこででも売ってるのかと思ったら、北信だけの食べ物なのだそうです。辛党の私には甘い餡の入ったお饅頭よりもこちらのほうが好ましいのでした。和風肉まんみたいなものでしょうか(肉は入ってませんが)

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再びもとのバスに乗り換えると、そこから先は、帰路に向かってまっしぐらです。

でも、清津峡付近の紅葉はバスからでもとても見事でした。

Pb094219 これもバスからの眺めです。

Pb094232 これもバスからで、かなり山から下ってきました。

恐らく塩沢石打インターから関越道に乗ったバスは東京へと向かいます。

昔は電車でしか通ったことがなかった道です。

清水トンネルを越えると、ほんとにびっくりするほど雪が積もっていて、また新潟からの帰りには、トンネルを抜けると、雪の見えない光景になったものです。

清水トンネルの中にある土合駅から登ったのは谷川岳だったでしょうか。

Pb094239 バスの窓からも雪の山が山すそのほうだけ見えていました。

地図を見ると昔登った谷川岳や上州武尊山(じょうしゅうほたかやま)なども見えるのかもしれません。

まるで登山者専用みたいだった上野発の夜行電車・・・床に新聞紙を敷いて座り込んだものでした。あれは22時時ぐらいに出ていたような気がします。新宿からのはもっと遅くて23時半頃だったような・・。今は、夜行もなくなって、登山も車や新幹線で行く時代となったようです。

Pb094244 越後から上州に抜けると、山にももう雪は見られなくなりました。

東京では池袋でバスを下り、先輩たちに別れを告げます。丁度私たちが帰ってくるのを待っていたかのように雨が降っていました。

その日の夜は、大学時代に同じクラスだったYさんと会う予定です。大学時代はお酒など飲めなかったYさんですが、今ではビール大好きな人に変身しているので、一緒に飲もうという約束です。Yさんは、なんと今では山も大好きな人になっていて、ビールを飲みながら山の話で盛り上がってしまいました。

二年前の上京のときに、一度山に登ってみたいといっていたYさんと一緒に大菩薩嶺に登ったのですが、そのときに買ったトレッキングシューズが無駄にならずにほんとに良かったです。そのときの様子はこちらです。

Pb104248 翌10日の昼頃の羽田発の便で四国に帰ってきました。

生憎と帰りの便では窓際の席が取れず、またそういうときに限って、窓から山が見えていたのでした。隣の人に遠慮しながら、撮影させてもらいましたが、カメラを出したときにはすでに通過しようという頃・・。

でも、肉眼で、しっかりと雪のついたアルプスを見ることができました。

今回の旅は、先輩方や、同期の仲間、また寮時代の友達に大学のときのクラスの友達など、私にとってはかけがえのない人たちとゆっくりお酒を飲んだり、話したり、ほんとに楽しいときが過ごせました。欲を言えば、ほんとは山を一緒に歩ければもっと素敵な時間になったことでしょう。今年、白神山地に行ってきたという先輩と屋久島で縄文杉を見てきたという先輩は、山復帰も大いにありそうなご様子だったので、来年はいろいろとプランを練ってお誘いすることにしましょうか。

Yさんも、今年は中央アルプスに登ったと言う事ですから、来年当たりは北アルプスも夢ではないですね。私の山への夢はまだまだ膨らみます。

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