2017年の登り納めは里山二座、その2、鬼ヶ臼山
さて、二座目の鬼ヶ臼山の登山口へと移動しますが、登山口を私は知らないので、今までに登ったことのあるPさんに道を教えてもらいながら走ります。
もともと、鬼ヶ臼には以前から登りたかったのですが、去年の秋にこの近くの蘭を育てているナーセリーに併設されているカフェを訪れたのが、今回の山歩きの直接のきっかけです。母が行きたいと言って新聞の切り抜きを持っていたそのカフェをナビを頼りに探し当てたのですが、生憎とその日は休業中でした。その後、もう一度訪れたものの、またしても振られ、これが三度目です。Rさんにお願いしてカフェに電話してもらい、予約しておこうと思ったのですが、今回も何かイベントがあるそうでカフェはやってないとか・・・。あれまぁ、下山後の楽しみが・・・・。
ともあれ、登山口はそのカフェからほんの数分のところでした。
実はそのカフェもこの鬼ヶ臼も私が通った小学校のすぐ近くにあって、実は校区内です。ところが、私はこの辺りもほとんど土地勘がなくて、恥ずかしい限り。
↑Pさんに教えてもらってたどり着いた登山口です。
着いたのは12時3分でした。
登山口には車が2台ほど置けるスペースがありました。
車道から登山道への入り口は、最近多くなったイノシシ避けの咲くが張られているので、一旦開けて、通過後にまた閉めます。
Pさんにこれだけは見て行かなきゃと言われたのが「赤子の足跡」と「馬の足跡」です。
その場所には祠が祀られていましたが・・・
よ~~く見ると馬の足跡らしき大きめの石の窪みと赤子の足跡らしき小さな窪みが見つかりました。
これを見て、はっと思い出しました。
そう、はるか昔の小学生の時、父方の祖母に連れられてここに来たことがあるということを。
昔から大人と一緒にいくら歩いても平気だった私は、祖母に連れられて首山観音のお祭りや弥谷さんの春市などに連れて行ってもらいました。たぶん、それは首山観音の何かお祭りの時だったと思うのですが、実家から行く途中にこの赤子の足跡があって、祖母は私に見せてくれたのだと思います。
祖母はこの辺りの集落から嫁いできたと聞いているので、懐かしくもあったんでしょうね。
普通の家にはまだ車というものが普及する前の時代で、祖母の世代の人々はその頃は良く歩いたんでしょうね。
鬼ヶ臼という地名も小学生のころから良く聞いていたのですが、父に連れられて歩いていた山はまた別の山でしたから、鬼ヶ臼の名前は知っていても実際に来たことがなかったのです。
その鬼ヶ臼の山に高瀬出身ではないPさんに案内してもらうというのも、また何かの縁でしょうね。
鬼ヶ臼まで400mという道標が見えています。
私たちが登り始めた登山口は末登山口というようです。
登山口からほとんど平坦な道を歩いてきましたが、最後に階段状の道を登るとそこが分岐でした。
分岐を挟んで「りゅうおうさん」と「鬼ヶ臼」があります。
まずはりゅうおうさんへ行きます、とPさん。
尾根を登ると、5分もしないうちに山頂の祠に着きました。
雨の少ない讃岐の山には必ずと言って良いほど雨乞いの神様である龍王さんが祀られています。
そして、ここにもキティ山岳会の山名表示がありました。
高知の清滝山以来?
登ってきた尾根を下ると・・・
先ほどの分岐があり、鬼ヶ臼の側には鳥居が建っています。
サルトリイバラだのを眺めながら登りますが、こちらはさきほどのりゅうおうさんよりは少し時間がかかりました。
それでも10分ほどの歩きで、鬼ヶ臼に着きました。
↑これが子供時代から名前だけは知っていた鬼ヶ臼なんですね。
なるほど臼のような恰好をしています。
岩の周囲に張られたしめ縄は新年までには張り替えられるそうですが、この日は張り替えるちょうど前日だったようです。
標高は低いのですが、展望が良くて、西讃の山が一望できます。
中でも高速がすぐ下を通っているのにはびっくりでした。
朝日山でも休憩を取らなかったので、ここで初めてのコーヒー休憩です。
この日は陽射しはなくても気温高めで岩の上にいつまででも座っていられるようなお天気でした。
いつもの3人だけでも十分かしましいのに、Aさんも加わって、一層にぎやかです。
三角点はコンクリートの中に埋め込まれていました。
ここは三角点があるけど、山頂は鬼ヶ臼から南へ少し歩いたところにあるそうで、Pさんに続きます。
少し藪っぽくなっていて、「行けるかしらん?」とPさん。
数年前にご主人のMさんと歩いているそうです。
山柿がぽつんと一個見えていて、その向こうにグランドが見えているのは、高瀬温泉近くのグランドのようです。
香川の里山に多いヤブコウジがここにもいっぱいあります。
13時23分、キティ山岳会の山名表示、どうやらここが鬼ヶ臼の山頂のようですね。
ここで標高はようやく200mを越えます。
ここから尾根どおしに車道へ下れるそうで、同じ道を引き返すのは黄が進まないので、先に進みます。
山頂周辺には真っ赤なサルトリイバラがたくさん・・・。
山頂からなおも南に進むと西方向の尾根と南方向の尾根がありました。
試しに西方向の尾根を少し下ったところ、高速が下に見えているので、これは違います。
南方向の尾根を下ると赤テープがところどころについていて、どうやらこっちが正解みたい。
途中、少し迷ったりもしながら、何とか下ると下に車道が見えてきました。
が、下が断崖になっていそうなので、西に少し迂回すると何とか下れそうな場所に出てきました。
13時47分、イバラに足をひっかけながらも何とか車道に下ってきました。
こんな道が通っているなんて初めて知りました。
丁度、峠付近に下ってきたらしく、車道の傍らにはお地蔵さんが祀られていました。
今度は別の登山口まで車道歩きです。
道路法面に黄色い花がびっしり咲いてると思ったらヤクシソウでした。
もう年末も近いというのに、香川の山にもまだ花が咲いてるんですね。
13時56分、別の登山口までやってきました。
こちらの登山道は竹藪の中を通っています。
しばらくすると竹藪から雑木林になりました。
落ち葉にすっぽりと覆われた登山道を歩きます。
最初に出てきた分岐に反対側から登っていきます。
14時15分、鬼ヶ臼へ行く途中でくぐった鳥居まで帰ってきました。
これで周回し終わったわけですね。
あとは、もとの末登山口まで帰るだけです。
2時間ちょっとのお手軽周回でした。
行きたかったカフェに寄れなかったのは残念でしたが、Aさんが別のカフェを教えてくださったので、下山後はそちらへ。
下山後に私以外の方たちが食べたのはクリームたっぷりのパフェでした。
私はクリームが苦手なので、ぜんざいをいただきましたが、美味しかったです。
年末の登り納めも食べることには時間を惜しまない私たちでした。
子供の頃、よく遊びました。
岩の上部に大きな窪みがあり、石臼の様です。
これが伝説の元になったようです。
50年程前は、岩の東側に小屋があって、時々行者様が泊っていました。
水がない山なので持ち上げていたのでしょうか。
地図では、209mが鬼ヶ臼山となっていますが、地元では岩のところが鬼ヶ臼と呼び、
209mは前山と呼んでいました。松茸がたくさん採れました。
投稿: 佐々連 | 2018-01-11 21:38
佐々連さん、こんばんは。
ご実家が鬼ヶ臼に比較的近かったんでしょうか?
私は同じ上高瀬でも実のチョウとの境界に近かったからか、音田とかそちら方面は
ほとんど行くことがありませんでした。
仲の良かった友達がそちら方面にあまりいなかったということもありますね。
あの岩の上まで登られましたか?
子供は身が軽いので、あんなところでも平気で登れるんですね。
岩の周囲にぐるりと張り巡らされたシメ縄?あれの架け替えも岩の後ろは切れ落ちて
いるので、ちょっと怖いだろうなと話したことでした。
そうですか、行者様が小屋で寝泊まりされていましたか。
修行の山ですね。
子供のころからよく耳にしていた鬼ヶ臼、実物を半世紀も経ってからみることができました。
209mは前山ですか・・・。
佐々連さんが小さいころでも松茸が採れたんですね。
二ノ宮辺りの男の子が中学の時、よく学校に持ってきてましたが、その後採れなくなったと
ばかり思ってました。
私たちの世代は山で遊んだものですね。
投稿: keitann | 2018-01-11 23:38