« ホトトギス満開 | メイン | 雲南月光花に蕾 »

2005-11-27

五万図で思い出を辿る

最近になって、同じ四国に住んでいても音信不通だった大学時代の同期の山仲間S君と、メールのやり取りが始まった。同じく同期だったN君のお墓の場所を教えてほしいというI君宛てのメールが、私のもとに転送されたのがきっかけだった。私は今年の1月に熊谷にあるN君のお墓にお参りしているので、場所はよくわかっている。

メールのついでに山歩きを復活したこと、夏には仙丈に登ったことなど書いたら、返事がきた。どうやらS君も山歩きはずっと続けているらしく、たまに本州の山にも行くこと、四国内の山はよく歩いていることがわかった。そして仙塩尾根がつながれば、甲斐駒~大無間、小無間まで赤線が繋がることなど・・。

そこで私も数十年前の五万図を引っ張り出した。市野瀬、大河原、赤石岳と繋げてみる。

Dsc01480 

私の赤線は甲斐駒黒戸尾根から始まっているが、駒~北沢峠、仙丈~三峰岳が抜けている。駒~北沢峠はほんとなら繋がる予定だったけど、同行していたT君が体調不良で黒戸尾根の途中でビバークになり、ピークまでのピストンで終ったのだった。

塩見岳には大学二年の7月と3年の秋合宿の2回、登っているはずだ。7月は広河原から北岳大樺沢を登りその後、間ノ岳~農鳥ピストン~塩見岳~三伏峠というコースだ。北岳肩の小屋でテント箔したのは記憶にあるが、もう一泊はどこだったろう?

そして、3年の秋は 椹島から赤石東尾根を登り、そのまま北上して塩見まで歩き、最後に三伏峠に取って返し下山しているようだ。この秋の南アルプスは天候に恵まれず、ほとんど雨に降られたようなものだ。とにかく寒くて寒くて、凍え死にするかと思ったほど。今ならゴアテックスの雨具があるだろうけど、当時の雨具なんて粗末なもので体がずぶ濡れになって、秋山の怖さを嫌と言うほど思い知った山行だった。このときは天候が悪かったからか、それともパーティーにカメラマンがいなかったか、写真が一枚も残っていない。おまけにリーダーのH君が記録を提出しなかったようで、記録も残ってないので、記憶がなんとも曖昧だ。

しかし、五万図を見る限りでは、私は三伏峠から大鹿村の塩河に二度下っているのだ。

大鹿村といえば、夏に仙丈登山口の長谷村に車で行った折、青ケシ見物するために立ち寄った場所だ。しかし、二度も下ってきたというその記憶が全然蘇らなかった。人間の記憶力なんて、その程度のものなんですね。因みに大鹿村のその農園からは前山が妨げになって、南アルプスの稜線は見えませんでした。

Dsc00805 画像は大鹿村からの下り道で見かけたショウマ。こんな綺麗なショウマを見たのは初めてでした。

コメント

keitann様 こんばんは
今日はこちらにコメントを残します。
いやぁ大学の山岳部とは凄いところにいましたね。
山岳部ともなると男も女もやることが壮大ですね。
小生はテント持参の山登りは本格的なものは一度もやっていません。
車に積んで、前夜泊とか、下りてから次の登山口でテント泊はやりますが・・・。
仙丈岳は小屋掛けで、馬の背ヒュッテで横柄な小屋主のもとで不愉快な一夜を過ごした覚えが有ります。
あとから聞いた話ですが、お客の残したおかずを
また次の客に出すような邪まな神経の持ち主のようでした。
南アルプスでは小屋主の了見間違いはたくさんあるようですね。
今年お世話になった塩見岳のご主人は当たり前の話が当たり前に通じる気さくな方でした。

また、山の話を聞かせてください。
そうそうカシミールを今でも愛用しています。
その辺の話も機会があればボチボチと。

お久しぶりです。ホトトギスきれいですね。まだいろいろな花が咲いていて、うらやましいです。当地は紅葉も終わり、落ち葉もかたずけ沈丁花には寒冷遮をかけました。リシリヒナゲシは1輪咲き2株元気です。8月にPCが落雷を受け修理代ン万円!6年間のデータ消滅。オットトと私意気消沈。写真はアルバムにファイル。しばらくはメールだけのお邪魔虫になります。今日は戸隠にドライブ。雨が雪に変わりおそばを食べ早々に退散。野沢菜と沢庵は漬けましたが、まだタイヤ交換が残ってました。今、コタツ、ストーブ全開!四国は暖かいでしょうね。

三太郎です。
ショウマというのはアスチルベのことなんですね!
こんな綺麗な野生のアスチルベは見たことなかったです。
庭にあったらよいでしょうねえ。

>ぶちょうほう様、
いえいえ、山岳部ではなかったんです。ただの同好会です。あの当時はまだまだ若者の山登りが全盛期だったらしく、私のいた大学では山歩きの同好会は十指に余るほど多かったのです。
友人の男の子が山岳部でしたが、山岳部は男子は60キロ、女子なら40キロの荷物を背負ったそうです。(女子はいたかどうか?)私の所属していた同好会では男子が40キロ、女子が30キロというのが限度でしたね。私も知床では30キロを背負ったのを覚えています。
テントは雨が降るとほんとに惨めなものでした。下山して布団で眠ることを夢見ながら頑張るのですが、いざ下山するとまた不思議と山が恋しくなる・・そういう繰り返しです。今でも星など見るのだったら、テント泊したいなぁと思いますね。ただし、気候のいい時期がいいですね。(^^;)
馬の背ヒュッテはそうなんですか?泊まらなくて幸いでした。山の話を始めると切りがないですが、また折に触れて、書きたいと思っています。ぶちょうほうから様もカシミールのことなど教えていただけると、幸いです。

>さくらこさん
ほんとにお久しぶりです。リシリヒナゲシ・・あれから咲いたのですね。よかったですね~。しかも夏越しして元気だなんて、羨ましいです。うちではすべての株が駄目になりましたが、1株か二株以外は花が咲いたので、それでも満足しています。こちらは夏の暑さが厳しいぶん、冬は過ごしやすいですね。花もまだまだ咲いていますし、水仙やパンジーなどが今から咲くので、花の耐える時期はないのです。
戸隠のお蕎麦、美味しそうですね。野沢菜と沢庵を漬けるのですか?すごいですね。冬に備えて、備蓄なんでしょうか?学生時代の下宿の大家さんが伊那のご出身で、部屋代を持っていくと
いつも野沢菜をお茶請けにお茶をご馳走になりました。懐かしいです。

>三太郎さん
このショウマ、すごく綺麗でしょう?
うちにも2本ほどアスチルベがありますが、こんあに綺麗には咲きません。
これを見たのは大鹿村の青ケシで有名な農園からR152に出る林道沿いでした。通る人が少ないのかヤナギランやショウマ、バイカウツギがそれは見事に咲く、素敵な道でしたよ。

コメントを投稿

フォトアルバム
Powered by Six Apart

私のもうひとつのブログです。よろしく