初めての大高見峰へ、その5、阿弥陀越と金山神社
林道の傍らに立っていた道標を見た途端に、ここが阿弥陀越なのだとぴんと来ました。
林道から上に5mも登れば稜線のようなので、急いで駆け上がります。

林道の傍らに立っていた道標を見た途端に、ここが阿弥陀越なのだとぴんと来ました。
林道から上に5mも登れば稜線のようなので、急いで駆け上がります。

大高見峰の山頂表示があるところまでやってきたので、これで一応、この日の目的達成ですが、山頂表示からまだ東に道は続いているようです。笹も綺麗に刈ってくれてあることだし、このまま歩いていけば展望でも開けるのかな?と思いながら進んでいくと、お堂が見えてきました。
そうそう、この辺りの山はどこもこういうお堂があるんでしたね。

ただでさえ気温の高い日だというのに、斜面を直登しているので暑くてたまりません。
とうとう、二枚来ていたウエアの一枚を脱ぎ、軽装で登りますがそれでもまだ暑いぐらい・・・。

この日はちょっとした傾斜の道を歩いているだけでも汗ばむほどの陽気で、そう思って最初から二枚しか着てないのですが、それでも結構暑いですね。
途中、お年寄りが畑の様子をご覧になっていたようなので、この道が阿弥陀越への道で合ってるのかどうか声をおかけしたのですが、耳が遠いらしく聞こえないようです。もし、無理やり道をお尋ねして道が荒れて通れないことを知ったとしたら、林道歩きをして阿弥陀越まで行ってたのかどうか?山に登る時は知らず知らずのうちに無数の選択を迫られています。

山頂では360度の大展望と言いたいところですが、実際は南と東、北側が良く見えていたようです。西側はお堂や木々があって、あまり見えませんでした。

登山口から、まずは舗装された坂を上って行きます。
途中、後ろを振り返ると、車道の向こうに大高見峰と思われる山が見えていて、その向こうに飯野山らしき山が見えています。

キャンプ場への道標があったおかげで、コースタイムの目安がつき、ちょっと安堵して歩きます。
香川の里山に登るときは山渓から出ている分県ガイドぐらいはたいてい持っていくのですが、この日はそれも忘れています。

1月23日は青空が広がりました。
山歩きにはもってこいのお天気となったので、午前中の用事を済ませたら、午後から里山に行くことに・・・。行先は讃岐七富士の一つでまだ登っていない高鉢山と決めました。カメラもレンズも入れてナップサックには行動食を少し入れて出かけました。
ところが、自宅から車で15分ほど走ったところで、カメラにメモリーを入れ忘れたのに気づきました。取りに帰るのも面倒くさくなって、高鉢山からそう遠くない場所に綾川イオンがあって、イオンの近くに大型電気店があったはずなので、そこで調達することにしました。
車をイオンの方角に走らせていたら、鞍掛山の優美な姿が見えてきました。

尾根道をほんの100mほど歩いたところに、またまた祠がありました。
こちらの祠には天保5年という文字が読み取れます。横のほうにはこの祠を奉納された人の名前でしょうか、人名らしきものが彫られてます。
天保5年というのは1834年のことらしいので、今から180年ほど前のことです。
こんなところに、大きな石を背負って担ぎ上げるわけですから、昔の人は信心深かったと言わざるをえません。

山頂でコーヒーを飲み、私にとっては子供のころから眺めている馴染み深い景色を存分に眺めたら、そろそろ下りに取り掛かります。
ちょっときょろきょろしたら、周回路と思われる下り道が見つかりました。すこしだけ迷ったのですが、やっぱり同じ道を下るのは面白くないので、周回路を下ることにしました。
ネット上から山条山周辺の地図をお借りして、歩いたコースを赤線で↓に記してみました。
方角的には山頂から真南に下ります。

登っている向きが少し変わってきて、そのあたりからロープ場になってきました。
と言っても、最初は傾斜も大したことなくて、ロープがあってもなくても良いような?

1月19日は快晴というわけではないですが、まずまずのお天気でした。
午後からは炬燵に入って、男子駅伝など見ていたのですが、一生懸命走っている選手たちを見ていたら、自分も体を動かしたくなってきました。時刻は13時過ぎで、、里山ぐらいならこの時間からでも軽く登れます。
この前から気になっていた三豊の山条山と江甫山(つくもやま)に登ってみようかと考えました。山条山があるのは三野町で、観音寺の江甫山までは移動時間は30分程度と思われます。どちらも標高は200m足らずで、一時間もあれば登って下れるはずです。
山条山は実家からも良く見えるし、詫間や三野町方面を走る際にも何年も前から気になっていた山です。地元の人はとんがり山とかとんぎり山とか呼んでいるようです。私自身も正式な名前を知ったのはつい最近のこと。

聖通寺に下って、車に乗り込んだのは16時20分ごろだったでしょうか。
いくら日暮れが少し遅くなったとはいえ、この時刻からもう一山登るというと気が焦ります。
すぐさま、青ノ山方面に車を走らせます。Rさんはトンネルの近くから登りたいとのことで、それなら道も近くて好都合です。
青ノ山には我が家の墓地もあって、墓地からそのまま車道を登って行くと、確か登山道らしきものがあったはずと記憶してますが、今まで私が歩いて登ったことがあるのもトンネル方面から登るコースです。

爺神山に登った翌日、つまり3連休最終日の13日は思ったより良い天気になりました。
特に予定のない日だったので、昼過ぎまで家にいたのですが、陽気に誘われて詫間の博智山にでも登ろうかな~と思っていたところへ、タイミングよく、高松の山友達のRさんからメールが来ました。
私はだいたいにおいて、自宅にいるときは携帯を身につけてないことが多く、たいていはバッグの中に入れたままで電話にもメールにも気づかないのですが、このときはたまたまエプロンのポケットの中に入ってたので、直ぐに反応できました。聖通寺山と青ノ山に登られるそうで、一緒にいかがですか?というお誘いでした。
丁度どこかに登ろうとしていたので、渡りに船とばかり即、話がまとまりました。
Rさんはすでに坂出近辺まで来ているそうなので、私も10分で身支度をして家を出ます。前日は普通にヒートテックを着ていて汗をかいたので、この日は山用のウエアに慌てて着替えたのです。

羽床富士に登った丁度一週間後の12日は、爺神山(とかみやま)の山麓にあるピザ屋さんで、高校時代のバレー部仲間の集まりがありました。
年に一度、お正月休みが一段落した頃に集まるのですが、今年は久々にお店で集合となりました。例年は仲間の一人のお宅に囲炉裏があって、囲炉裏の周囲で食べたり飲んだりしています。今年は秋ごろから、時々一緒に山に登っている仲間が、爺神山の山すそにピザ屋さんがあって、小高い場所だから眺めが良さそうだからそこにしようと決まりました。

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